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いおうじヒストリー

いおうじヒストリー

これまでこれから
『いおうじ応急クリニック』〜 一人の医師の想いから始まった「街づくり」〜

History 2011 - 2021

2011

  • 勤務医時代の強烈なジレンマと松阪市との出会い
勤務医時代の強烈なジレンマと松阪市との出会い

良雪医師は関東のとある急性期病院で総合診療と三次救急の外来に従事していました。勤務医としての日々の中、ある事件がありました。お世話になった先輩医師が突然退職されたのです。
…原因は、【救急現場における軽症患者さんの心無いクレームが絶えないこと】でした。

2013

  • 松阪市より救急医療崩壊の危機に助けてほしいとの相談
松阪市より救急医療崩壊の危機に助けてほしいとの相談

時は流れ2013年。良雪医師は松阪市役所の市長室にいました。知り合いづてで三重大学卒の良雪医師に地域の救急医療に関して相談に乗ってくれないか?とお声がけをいただいたのです。市長の話によると、松阪市は、対人口で救急車出動件数が国内でもトップレベルに多く、受け入れ病院が疲弊していました。また、その結果として医療従事者の離職が続いているとのことでした。良雪医師は場所こそ違えど関東で覚えた【焦燥感】に酷似したこの状況に不思議な縁を感じていました。
「私の力はこの地でこそ役に立つのではないか。」
気が付いたら二つ返事でこの問題に取り組むと返答していました。同時にこの地域に来るにあたり、【住民を巻き込んだ活動にもチャレンジしたい】と考えていました。

子育て世代の「駆け込み寺」があるから深夜の急な発熱にも、もう慌てない!

子育て応援プロジェクト☆パイン  代表

子育て応援プロジェクト☆パイン 代表酒井 由美さん

東日本大震災を機に東京から松阪市に転入し、6年前に長女を出産しました。当時は知人も少なく、高齢出産だったこともあって孤独を感じ産後うつに。そんなとき音楽療法の先生と出会ったことをきっかけに、「ママ同士がゆるくつながって助け合える場を作ろう」と、2015年に子育て支援団体を立ち上げました。活動をする中で出会ったのが、地域医療の最前線にいらっしゃる良雪先生です。

子供が夜中に熱を出したときも、日常の些細なことでも先生に相談すれば温かく、適切なアドバイスと安心感を与えてくれる。良雪先生は私たちママにとって救世主のような存在です!私たちママは子どもを守るために、コンビニ受診をしてしまいがち。でも、『いおうじ応急クリニック』のように、「とりあえず」の処置を的確にしてくれる場所があればママはムダに走り回らずに済みますし、余計な医療負担を増やすこともありません。私たち子育て世代だけでなく松阪市にとって良雪先生は大切な存在なんですよ。

2015

  • 『いおうじ応急クリニック』の立ち上げ
『いおうじ応急クリニック』
の立ち上げ

早速松阪市の状況を調べてみると、軽症患者の救急車利用が他地域に比べかなり高いということがわかりました。特に救急車の出動が多いのは休日と夜間です。そのような時間帯に対応する市の休日夜間診療所は、地元医師会の高齢化などを理由に365日の運営ができない状況になっていたのです。良雪医師は松阪市との話し合いを重ね、自身が一次救急の診療を専門に行うクリニックをつくるべきだ、という考えに至りました。

一番の問題は、休日夜間救急専門の場合、入院施設などがないので黒字化が難しく、どうしても赤字運営になってしまうということでした。そこで、行政が一次救急診療をクリニックに委託し委託金を支払ってもらう仕組みを考え提案していきました。地域の救急医療対策事業として、行政から個人のクリニックが直接請け負うという形は、日本で初の試みでした。

『いおうじ応急クリニック』の活動は、1年程で効果が出てきました。高次病院の救急外来を受診する患者さんが10%程度減ったのです。それに伴い『いおうじ応急クリニック』の知名度も高まっていきました。地域の救急指定病院の医師からはお手紙をもらうこともあり、その中にはありがたいことに「あなたの活動こそがこれからの地域医療に必要だ」と記載されていました。

松阪市民の安心と未来のために
私たちもこのクリニックを支えたい

休日・夜間の医療を守る会 リーダー 竹輝銅庵 館長

休日・夜間の医療を守る会 リーダー 竹輝銅庵 館長竹本 博志さん

以前、私の子供が休日にケガをして『松阪市休日夜間応急診療所』を受診したとき診察もせずに「明日、一般の病院に行ってくれませんか」と言われてしまいました。私が休日に腰痛を起こしたときも同じです。私たち松阪市民はずっと、緊急時の医療体制に不安を覚えていましたから、2015年に『いおうじ応急クリニック』が開設されたときは大変うれしかったし、実際にいおうじさんに助けられたという人はたくさんいます。
しかし行政は2017年に同クリニックへの委託金を打ち切ろうとしました。

そこで有志3~4名が立ち上がり、クリニック存続を求める署名活動を始めたのです。有志は最終的に約40名まで増え、7786名の署名を松阪市長に手渡し、クリニックの存続が決まりました。いざというときに頼れる医療体制が整っていれば、私たちはこの地域で安心して生活し、子供や孫を育てていけます。このクリニックは医療だけでなく、松阪市の暮らしと未来の拠り所となっているのです。

2017

  • クリニック存続の大ピンチ地域との連帯を感じた日と『休日夜間の医療を守る会』
  • クリニック存続の大ピンチ地域との連帯を感じた日と『休日夜間の医療を守る会』
クリニック存続の大ピンチ
地域との連帯を感じた日と
『休日夜間の医療を守る会』

開業から一年後、存続のピンチが訪れました。市長が変わり、いおうじ応急クリニックは地域医療に不必要だとして、委託を解除する方針を行政が打ち出したのです。成果が少しずつ出ていたにも関わらず市長の一言で一気にクリニックが潰れるかどうかの瀬戸際に追い込まれました。良雪医師はこの時、当初に抱いていた「地域医療の課題は医師一人で解決できるものではない」ということを思い出していました。

良雪医師は早速、地域の医療に関心のある市民の方々に改めて話をお聞きしてみました。すると、「クリニックを潰すことは松阪の財産を失くす、ということに等しい」という話が各所より聞こえてきたのです。次いで地域住民の方々が有志で『休日・夜間の医療を守る会』という会を発足、いおうじ応急クリニックの存続を市長に強く訴えていくという方針を打ち出しました。大ピンチから少しずつ、風向きが変わりつつありました…。

  • 市民の声により存続決定。密かに涙した夜…。
市民の声により存続決定。
密かに涙した夜…。

『休日・夜間の医療を守る会』のメンバーはすぐに動き始めました。地域医療に関心ある市民、行政、そしていおうじ応急クリニック三者の対話の場として、市民を集めてフォーラムをしよう、と。市長に声を届けていこうとしてくれたのでした。フォーラムには会場を埋め尽くすほど多くの市民が押し寄せました。行政と市民との対話の中では、この地域には、やはりいおうじ応急クリニックが必要なのではないか、という意見が多数寄せられました。

これを契機に存続を求める運動は次第に市民の支持を集め、わずか一ヵ月で7786名と50の団体からいおうじ応急クリニックの存続を求める署名が集まりました。結果、「この事業への委託を切ってはいけない」と市長が考えを改めるまでに至ったのです。

  • 更なる松阪市の地域医療課題解決に向け在宅診療を開始!
更なる松阪市の地域医療課題解決に向け在宅診療を開始!

クリニックの存続が決まり、日々の診療に追われている最中、徐々に救急車の出動件数が上がってきました。調べてみると、どうやら在宅で療養されている高齢者が体調不良になった際、在宅医が不在である夜間休日に多くの方が救急車を呼ぶような流れになっていることが原因だと分かりました。良雪医師は「この問題を解決するには愚直に24時間365日対応の在宅診療を行う必要がある」と考え、一からその体制づくりを始めました。当時は外来を行いながら5~6人の患者さんから始め、徐々に地域連携をしてくださる事業所も増え、現在では居宅患者・施設患者合わせて180名ほどになりました。

高齢者の暮らしや最期のときに
親身に寄り添ってくれる医師に期待

松阪市商店街連合会 会長

松阪市商店街連合会 会長メンズ&レディスショップ ミヤトウ

父の終末期に在宅医療を担当してくれたのが『いおうじ応急クリニック』の良雪先生でした。父は認知症を発症していましたが、昔から「畳の上で死にたい」と言っていたこともあり、母と私たち夫婦は父を自宅で介護してきました。食事ができなくなってきたとき、ケアマネージャーを通して良雪先生に訪問診療を依頼しました。先生は親身に対応してくれましたし、私たち家族は「万が一のときは先生がすぐきてくれる」と思うと心強く、落ち着いて父を見送ることができました。

良雪先生が松阪市で開業してから、街に医療機関が増えました。この商店街には高齢者が多いので、気軽に相談できるクリニックが身近にあるとやはり安心です。最近はテレビなど健康情報があふれていますが、高齢者にはどうしても理解しづらい。クリニックの医師にはそうした情報をわかりやすく解説する「健康アドバイス」を行うなど、地域住民に寄り添った細やかなケアをしてもらえたらと期待しています。

2021

  • これからのいおうじ応急クリニック
これからの
いおうじ応急クリニック

松阪市では、2030年に入院する高齢者がピークになると試算されています。その時に在宅診療の需要もピークを迎えます。これからより多くの高齢者が居宅に帰されることを考えると、在宅診療の枠を増やしていくことが、救急医療の側面においても、住民の終末期におけるQOL向上においても必要です。地域住民の方には、その人らしく最期まで過ごしてもらいたい。だからこそ在宅診療が不足しないよう、当院でもできる限りのことをしたいと考えています。

医療は
何のためにあるのか?

当院は「医療の目的は何なのか?」という問いに対して「人間を幸福にする為」という考えを持っています。「幸福にならない医療はやってもしょうがないですし、どんなお看取りの形であれ、その人や周りの方が幸福であればそれでいいと思っています。」そのため、いおうじ応急クリニックの理念は「最期まで笑顔で生きられる街を創る」となっています。

最期まで = 生まれてから死ぬまで
笑顔で = 幸福の象徴
街を創る = 市民と一緒に行うまちづくり、地域づくり

という意味です。
この理念の下、いおうじ応急クリニックは最期まで支える在宅医療、地域づくりにも取り組んでいます。
今、本当に医師が不足しています。少しでもいおうじ応急クリニックにご興味がある方は、ぜひご連絡ください。

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